四畳半を卒業したchebuと まぶたん:夫           あん子:娘            との東京暮らし。


by chebu3379

夢1

奄美の旅日記の続きを書こうかと思いましたが、ちょっとオカルトにユタ神さまの話を書いたので、オカルトついでにどうして私がユタさんのところに行ってみたかったかという話を少し。

ユタさんのところにいってみようと思ったきっかけ、それは夢です。夜眠っているときに見る夢。私は自分の見る夢に結構興味があります。夢日記まではつけないけれど、なんとなく意味がありそうな夢って結構しつこく覚えていて、その意味を長いこと考えてみたりします。

ユング心理学では夢は無意識からのメッセージとされ、心理分析や治療なんかに使われたりするらしいのですが、私も夢は無意識からのメッセージだと思っています。それは別にユングさんを信じているからではなくって、自分の経験からそう思うのです。

幼少期、キレがちな父を恐れ父の機嫌を取る事で家族の安定を図ることを生業にしていた私は、思春期になり自我を確立するにあたって父を激しく憎むようになりました。私が父の機嫌を取ることを止めたことで家庭が崩壊して父が家を出て行き、大学生になった私が一人暮らしを始めることで静けさを手に入れて2年位した頃、何度か同じ夢を見ました。夢の中で私は何か泣き叫びながら父をナイフで刺し続けていますが、父は平然としています。いつも起きるとぐったりしてしまって、マブタンに相談してみたりもしました。マブタンは「怖かったんだね」と冷静に話を聞いてくれたような気がします(うろ覚え)。

それからしばらくして、木の生えた庭のような、森の中の少し開けた場所のような、そんな場所で父の死体を埋めている夢を見ました。季節は秋で、茶色い落ち葉を掬っては父の死体にかぶせますが、時折吹く風に吹き払われてなかなか隠し切れません。どうにか埋め終わって、落ち葉の小山の前で座り込んでいるところで目が覚めました。

それから何年かの間、私は父のことを前ほど思いださなくなりました。父親の話が何かの拍子に出たとしても、そこから父の存在を感じることがなくなって、なんだか遠い昔に死んだ人の話をしているような感じです。

それからまた何年かして。

パントマイムのワークショップ(多分、2回目くらいに参加したもの)でJIDAIさんのお手本を見たときになぜか「あ、お父さんだ」と思ったのです。そのときにJIDAIさんが浮かべていた表情は多分ウィッチクラウンの魔女のおばあさんみたいな表情で、客観的に見て父を連想させるものは何もないはずでした。どうして急に父のことを思い出したのか1ヶ月くらい考えてから、なんとなく父に会ってみたほうがいいような気がして9年ぶりに父に連絡を取ってみました。

関係を結びなおしてからしばらくは、父に会うたびにストレスがたまって怒ったり泣いたりしていましたが最近はそういうこともあまりなくなりました。自分の中では「過去の父(子供の私にとってはすべてを破壊するモンスターのように映っていた)」の残像に捕らわれて現在の父の姿が見えなかったのが、ようやくフィルターが外れて今にいることができるようになった感じです。

そういう経験から、私は自分の夢を結構大事にしています。夢が未来を告げてくれるとは思わないのだけれど、夢は「今なら自分自身を変えることができるよ」というタイミングを教えてくれることがある気がします。それに無意識の私が現状をどう感じているのかを教えてくれたりもすると思うのです。

私にとっては主に「感じる」ことは無意識の持分で、「考える」「具現化する」ことは意識の持分です。私がこのブログでしているように「○○のような感じがした」というのは無意識で感じて、感じたことを意識で言葉に翻訳している感じです。「どう考えるのか」は意識で決められますが「どう感じるのか」は意識では変えることはできません。無意識が「感じ方が変わったよ」「変わり始めているよ」と教えてくれるのをキャッチできればより安定して効率的に(両輪で走るように。両足で歩くように)前に進んでいけるんじゃないかと思うのです。

で、ユタ神さまのところに行くきっかけになった夢は・・・今日はちょっと酔っ払って眠いのでまた今度・・・。
おやすみなさ~い!
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by chebu3379 | 2009-09-26 23:57 |