四畳半を卒業したchebuと まぶたん:夫           あん子:娘            との東京暮らし。


by chebu3379

海辺で

「ここへはよく来るの?」と尋ねたら、「はい。家から自転車で来られるので。」という答えが返ってきた。

それから少し間をおいて水平線を眺めながら「こういう場所があるのって、貴重ですよね。」と独り言のように呟いた彼の声の響きにとてもすこやかなものを感じました。

子供が大人になるということ、自分の力で生きていけるようになるということはとても困難な道程であるけれど、このすこやかさに護られて彼はきちんと大人になることができるだろう、そんな気がしました。

いつまでもこのすこやかさが彼とともにあってくれますように。



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# by chebu3379 | 2016-09-26 20:26

感謝

人に何かしてもらうと「お返ししなきゃ」ということを割と反射的に思う性質でしたが、昨日ちょっと神様について考えてみたときにふと思ったのは、何か与えてもらったら「感謝」をすればよいのだなぁということ。

「返礼」はそのあとの話。ちょっと別の話。

まず、感謝を待とう。そして、「お返しをしたい」と思えたらお返しすればいい。

まぁあれだよね、心の中で「お返しなければ見捨てられる」「役に立てなければ自分は存在できない」という子供の頃のあれこれが未だに燻ってるんだろう。

それが、「人に与えてもらう」というありがたい体験を「取引」に変質させてしまっていたんだな。物事はどんな気持ちでするかによって全然変わってしまう。

もう私は大人で、親に振り回されずに自分の生き方を自分で選べるお年頃になったっていうかもうだいぶそういうお年頃も過ぎたので、そろそろ自分のやりたいように感じたいように生きる。

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# by chebu3379 | 2016-09-18 22:36 | きもち

願望

色々と考えていたら、自分の中に評価されたいっていう強い願望があるんだなぁと気が付きました。

「認めてほしい」くらいのは前からあるなぁと思ってたんだけど、自分で自分を認めてないからそう思うのだと思ってた。そう思っちゃう自分をちょっと嫌だなぁと思っていました。

でもたぶんそういう承認欲求の話じゃなく、私は他人に評価されたいと思ってるみたいだなと思いました。

承認欲求だと思ってしまってたから色んな場面でこの気持ちが出てくることをなんだか窮屈で不自由だなって思っていた。私は誰にでも好かれるような完璧人間になれる器ではないし、好かれるために相手の望み通りの答えを出し続けるのに耐えられるほどの無邪気さもないし。でも「評価されたい」だったら評価の軸さえ自分の中でクリアにしてしまえば実現可能だなと思う。

自分の生活スタイルの中に無理なく健全な形でこの欲求を叶えられるようなことを組み込めるチャンスがあるかしら?

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# by chebu3379 | 2016-09-13 00:15 | きもち

トーン

今日はパントマイマーJIDAIさんの「共感能力を高める」というちょっと不思議なWSに行ってきました。

面白いなと思ったのは目指していたものと少し違うニュアンスのものが出てきてしまった時に、その原因が身体のポジションや動きの方の問題としてではなく空間と私の関係性の問題として表れてきているように感じたことです。

以前は例えば「胸郭がこのポジションにあるから不安の感情が出てきたんだな」という風に感じたのだけれど、今日は「空間が私を不安にさせるような関係性で存在しているからだ」という風に感じました。

そして、こんな風に空間が不安の色を帯びてしまっているときは恐らく何もかもが「不安」というトーンで認知されていて、ニュートラルなトーンの世界を見ることができなくなっているのだ、という風に思いました。それはマイムをしているという特殊な状況で起きるばかりではなくて日常生活でも毎日起きていることなのだと思います。

そろそろ日常でもこのトーンを外せるようになりたいな。

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# by chebu3379 | 2016-09-11 22:03

マウンティング

ここ数日、「この人マウンティングしてきてるのかなー?」という人に何人か遭遇しました。

以前はマウンティングされているっぽいと感じることについて「自分の被害妄想なのではないか?」という気持ちと「マウンティングするような人じゃないはず」という気持ちと「何か気に障ることをしたんだろうか?」という気持ちでマウンティングされてないことにして場を纏めようとして相手にさらに愛想よく振る舞い、結果的になめられて更に不快な思いをするという謎のルーチンに入ることが多かった。

でも今回は割と瞬間的に「めんどくさい」という気持ちになって会話をやめることができました。

そして「つまるところ、マウンティングしてくる人は素でいて居心地の良いような生活を送ってないからこそ、自分の立場をなんとか整えようとしてうっかりマウンティングしてしまうんだろうな」という考えが頭に浮かびました。

私だって調子が絶不調のときはうっかりやっちゃったりしてるのかもって思った。本当に気を付けたい。

そのためには私自身が心地よくあることが大切で、マウンティングしてくるような人に対して自分自身を疑い貶めて無駄な愛想を振りまくことをやめないといけません。

でもほんと、この判断って瞬間的におこる反射のようなものだから難しい。良い練習になりました。

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# by chebu3379 | 2016-09-08 22:51

いいきもち

上手く眠れない夜に手のひらを胸骨にあててやるとふわ~っと全身があたたくなって気がつくと寝ている。

ふと友人がJIDAIさんのエモーショナルボディワークという身体から感情を作るワークショップに参加した時に「肋骨の真ん中が うれしいときはじわーってスープこぼしたみたいにあったかくなる」って言ってたのを思い出した。

この感じは「喜び」とか「幸せ」みたいな感情と繋がる感覚なのか。

観察してみると胸の奥の方がじんわり暖かくなり、その温かさが全身に広がっていって末端の方がすーっとしてくるようなそんな感覚。

あれ?なんだかこれは観たとがあるなぁ…と思ったら気響会の整体WSで言われる感覚と似てる。

感情に見えることもあるし、気という説明もできるし、もっと他の何かとして姿を現すこともあるのかもしれないけど、この感覚は気持ちが良くて好きだなぁ。




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# by chebu3379 | 2016-08-28 15:10 | からだ

反逆

自分でも驚くのだけれど、突然今まで面白いと思っていたものたちを少し疎ましく思うようになった。

ずっとただ自分の身体を知るのが楽しくてころころと坂道を転がるみたいに進んできたけれど、今は他人が語る身体にまつわる色んな考察が少々うっとおしいなあと感じてしまうときがある。

理屈、つけないとだめかな。

いや、きっと語ってる人たちはかつて私がそうだったように楽しくて興味深くて進んでいってるだけ。理論って大切だし、批判する気はない。

どういうわけだか論理的に体の感覚について語られることが、時々感覚について良し悪しとか正誤を決められてしまうみたいに感じてしまうのだ。好きなように感じたい。あるいは感じられないことについて罪悪感とか劣等感とか持ちたくない。

感じるように感じたい。そこを他人にコントロールされたくない。気難しいなぁと思うけど、そう思っちゃうのだからどうしようもない。

そう感じてしまう自分に、しばらくお付き合いしてみよう。
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# by chebu3379 | 2016-08-24 22:11 | きもち

立ち会う

色んな事に興味を持つ方だと思う。興味を持つとそれなりに熱心に関るけれど、どこか「自分はこれについて本気じゃないんだろうな」という気持ちがぬぐえないところがあった。

それは自分は誰も見てなくてもこれをやるだろう、と思い切れなかったから。心のどこかに「誰かに見ていて欲しい」というような気持ちがあるような気がしたから。

でも、そういう気持ちって自然なものなのかもしれないなぁとふと思った。振り返れば「あのときあの人がそこに居てくれたから間違えずに進んでこれた」というような事が沢山ある。それは「認めて欲しい」という気持ちだけじゃなくて「立ち会って欲しい」気持ちでもあるのかもしれない。

「立ち会って欲しい」「見ていて欲しい」という感情について、自分のも他人のも否定したくなるのはそれがのどから手が出るくらい欲しかったのに手に入らなかったことの裏返しなんだろうと、薄々気がつきかけている。感情はついていかないけれど。

それにしても、ただその場に立ち会うこと、見ていることというのはとても難しい。親がそれを私に与えることができなかったことについて、致し方ないことのように思える。私自身ができるようになるまでもまだまだ時間がかかりそうだ。
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# by chebu3379 | 2015-06-03 01:33 | きもち

牛飼い

二度寝したら、こんな夢を見ました。

私はどこか森の中みたいな場所で牛(のような四足で大きな生き物)の番をしています。

森の中にはあちらこちらにきれいな湧き水が出ている場所があるのですが、その場所は牛(のような・・・略)1頭がくつろげるスペースしかありません。

森の中であっちの泉、こっちの泉と牛(のような・・・略)を配置し終わってようやくひと段落、見るとある牛(のような・・・略)のすぐ隣の泉(といってもひょうたん型に繋がっているような泉)がラムネ色の水を湛えてとても涼しそう。

あん子が「あそこに入りたい」と騒いで半ば勝手に入っていってしまったのですが、水は深い。すぐに溺れそうになりました。

水に入ってあん子を岸へ押し上げて、自分も少し水を楽しんでいるとあん子が「変なのがてにくっついた!!」と泣き始めました。

「蛭だな」と思ったのであわてて水から上がって、種火のついた線香のようなものを(いつのまにか持ってた)押し当てて取ろうとしてふと自分の手を見たら、手の皮膚の中に小指より少し細いくらいのクリーム色の芋虫みたいな虫が5~6匹、動き回っていました。

これはヤバイ、すぐにとらないと・・・とあん子は後回しにして虫を取ろうとしました。皮膚を少し寄せて虫を一箇所に誘導して、虫に齧らせて皮膚に穴を開けました。3匹くらいの虫がそこから顔を出しています。

しかし、手に持っているのは線香。これを押し当てたら穴の中(皮膚の内側)に逃げ込みそうだし、引っ張り出すには外に出ている部分が短すぎます。

うーん、ピンセットがあれば・・・

というところで目が覚めました。クリーム色でしわしわのカブトムシの幼虫のような胴体に、茶色の前足と牙?が数本生えてて、虫がリアル過ぎて気持ち悪かった・・・。その割りに自分の感情(嫌悪感とかあわてる感じとか)や感覚(痛みとか水の冷たさとか)が薄い感じで変な夢だったな・・・。

何だかわからないが疲れてる。
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# by chebu3379 | 2012-10-03 16:47 |

夢の場所

秋名という集落で「平瀬マンカイ」というお祭りがあるというので行ってみました。

このお祭りはネリヤカナヤ(海の彼方にある豊穣の世界)から「稲魂(イニャダマ)」を招く、豊作祈願の行事みたいです。

朝から降ったりやんだりの天気だったせいか秋名集落で車を降りたらものすごい湿度で、まるで水の中にいるかのような息苦しさ。これは・・・イニャダマ効果なのか・・・。

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山の植生も鬱蒼としてて、なんだか物凄い感じ。この鬱蒼とした森の中に神社があって、それもまた何ともいえない雰囲気です。

途中寄り道をしてカタツムリ見てたせいで時間に間に合わず、神事はほとんど見られませんでしたが、帰りがけに振返って「あれ?」と思いました。


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この風景、昔見た夢の風景によく似てる気がする。この風景をヒントにしたらもっと詳細にあの夢を思い出すことができないかなぁ・・・。

またいつか、お天気の良い夕方にここに来てみたい。
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# by chebu3379 | 2012-09-27 00:44 |